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二度と出られぬ蟻地獄

おくらばせながら、「それでもボクはやってない」を観ました。
痴漢冤罪事件を題材に、日本の刑事裁判の問題点を語っている映画ですが、
内容はウィキペディアでも語られてますのでそちらで。(以降ネタバレになりますので注意)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%A7%E3%82%82%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%81%AF%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%84

これが今の日本の裁判の実態なのか・・・って感じです。
なんて言うか、蟻地獄のようにはまったら抜け出せない、
そんな劇中の逮捕からの流れを自分の考えで箇条書きにしてみました。

まず、痴漢被害者の女子中学生の現行犯逮捕。
駅について電車を降りた主人公鉄平を女子高生が呼び止めます。
そして、騒ぎを聞きつけた駅員に連れられて駅事務所に連れて行かれる。
駅員は「話は事務所で」って事だったが、駅員は警察に身柄を引き渡すことしか考えていない。
駅員としては、加害者として捕まえられた人の話を聞いてその人が痴漢当人なのかなんて判断はつかないだろうし、
判断する権利もないのだからするわけがない。

だから、そのまま警察へ引き渡される。
本来なら警察は犯行の事実、実態を調査する機関であるはず。
ところが警察側にしてみれば、駅員からこの人は痴漢ですと身柄を引き渡されたのだから、痴漢なんだ・・・と。
現行犯逮捕されて引き渡された身柄なのだから、犯人でないはずが無いと考えてしまうでしょう。
しかも被害者がこの人が痴漢の犯人です・・・と言っているのし・・・被害者の虚言の可能性を除けば、これ以上の証拠はない。

そして逮捕されたのだから、当然、拘留されてしまう。

ぼくはやっていない、話せば解ってもらえるだろう・・・
なんて思ってたら・・・この時点ですでに蟻地獄にはまって抜け出せない状態になっているわけです。
のち示談せず、否認し続ければ検察での取り調べ、そして裁判へと流れて行ってしまいます。


現行犯逮捕が誤認だったら・・・っていうか
誤認で現行犯逮捕されてしまったら(あり得ないとされている事なのだけど・・・それが起きてしまったら)
その時点で終わりってことのようです。

上の箇条書きの流れから、犯人として断定した責任者?が曖昧になっているわけです。
つまり、警察としては『駅員が犯人だと身柄を渡してきた』(逮捕は民間人でも可能)となるし、
駅員は乗客が痴漢だと言って捕獲していたとなる。
一方、被害者女性にしてみれば、痴漢だと思ったから捕まえたが、
犯人かどうかは駅員ないし、警察が捜査して、逮捕したんじゃないの?って事になるのではないでしょうか。
いわゆるお前が〜お前が〜状態です。


となると、どこで誤解だと主張すればいいのだろう?
どうすれば間違いであることを認めてもらえるのでしょう??
この作品を見ると、その希望は薄いようですが、
痴漢冤罪を避ける方法として、『とにかく駅員に同行しないこと』と言われています。
同行した時点で、犯人として認めた(蟻地獄に足を突っ込んだ状態)ことになるようです。
だから、駅員に同行を求められたら、名刺や連絡先を渡し、
『自分ではありません。きちんと捜査したうえで、話が聞きたければ警察から連絡させてください』と言い、
その場を去ることだそうです。そうすれば現行犯逮捕ではなくなるので、即逮捕ができなくなり、
警察も逮捕に慎重になるということらしいです。


というかこの作品の場合そもそも、ホントに現行犯逮捕だったのか?という疑問がでてきます。
現行犯逮捕とは・・・『犯罪を行っている現場ないしは現場を確認した直後の逮捕。』
被害者は犯人を断定できる立場だから現行犯逮捕をするに十分な権利を持っているわけですが、
作品の場合、身動きできないような満員電車内で、ホントに被害者が加害者を断定できたのかという疑問があります。
特に被害者の女子中学生は電車が駅についてホームに立ち去った徹平を追い掛けて確保していので、
徹平が犯人だという思いこみによる逮捕である可能性があり、もし断定できないままなら現行犯逮捕とは言えなくなります。
作中でもこの疑問について語られていますが、警察も、検察も、そして裁判ですらこの点を重要視しないというカタチで描かれていました。
つまり彼が犯人であることが前提で捜査と裁判が進み続けたのです。


そして最後の判決とその判決理由。
これが日本の法定の実態というのだから虫ずが走るような恐ろしさでした。
とても勉強に勉強を重ね日本一難しいという司法試験に受かった裁判官が綴る文章とは思えないような
理路不整然とした判決理由が語られます。
簡単に言えば、自ら立てた仮定を結論の根拠とするもので、それではどんな仮定も成立してしまうだろうって事です。
小説が小説、漫画が漫画であるのは、作者の設定に基づいて世界やキャラクターが動くからですが、
しかし現実は個人は仮定通りに動いてくれませんし、まして事は想定通り転がっていくはずがありません。

(作品見ないとちょっと解らないかもですが、)
被害者は若干15才であり・・・
裁判所で素直に質問に応じていた・・・
供述もほぼ一貫している・・・
加害者との利害関係もないので虚偽の供述をするはずがない。
・・・等々、被害者は正義であり嘘は言わないと仮定している。

つまり被害者は徹平に痴漢されたと言っているのだから、それは疑う余地が無いといいたいようです。
しかし嘘を言っているつもりがなくても、間違ってしまうことがあるのは当然のことです。
それに加害者とされた徹平だって、めげずに真摯に犯行を否定し続け、その供述はほぼ一貫していました。

そして何より恐ろしいのが、徹平と弁護側が立てた(犯人は実は徹平の横にいた人ではないのか?という)推論を否定し、
また苦労して探した唯一の目撃者であり犯行を否定してくれた人までも、証言は犯行を否定するに値しないと無視するのです。

徹平の犯行を示唆するものは鵜呑みにし、
犯人ではないとされる事実は重箱の隅をつつくように否定要素だけを挙げ、また裏付ける事実が間違っていたことは放置です。

これらの件は、他に犯人が見あたらないのだから君が犯人なんだ。他に犯人が見つからないからこの事件の犯人は君としておく。
そう言っている風にしか聞こえなかった。

つまり逮捕された以上は犯人であり、他に犯人を示唆するものがなければ、
とりあえず犯人とされ続けてしまうことをこの映画は語っていた用に思います。


※作中のストーリーで裁判長が変わってしまいます。
最初の裁判長は疑わしきは罰せずの精神があり、上の反論を重要視する傾向があったようですが、
裁判長が変わり『犯人は嘘をつく』を心情に犯人の言い分だけ疑う裁判長になったという経緯があります。


徹平もラストでこう呟いています。

裁判は真実を明らかにする場所ではない。
裁判は、被告人が有罪であるか、無罪であるかを集められた証拠で、取り敢えず判断する場所に過ぎないのだ。
そしてボクは取り敢えず有罪になった。それが裁判所の判断だ。
それでも、、、それでもボクはやってない。

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更新日時:2016/03/17