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イジメとは何か

イジメで不幸な結果が起き、事件としてニュースに取上げられると、
イジメの加害者とされる人たちやそれを見逃していた学校について多くの批判的意見が語られ、
イジメを無くすための事やイジメの酷さについて話題にされても
「イジメとは何か」という「イジメ」という言葉が具体的にどういったことなのかについて触れられたことがあったでしょうか?
「何か」も分からない漠然とした「イジメ」というイメージが、学校という組織の中であったかなかったか、
見過ごされていたのか放置されていたのかをどうして語ることができるのでしょう?
イジメって何なんだろう?何がイジメで何がイジメではないのだろうか?そう思うのは自分だけなのでしょうか?

イジメを辞書で引くと「肉体的、精神的に自分より弱いものを、暴力やいやがらせなどによって苦しめること」とあります。
何をしたら相手を苦しめることになるのか?相手を苦しめたら、それはなんでもイジメなのか?
言葉としてのイジメと言うモノは漠然としていて具体性がないということが分かります。

人の感情は人それぞれであり、同じ人でもその時の体調や雰囲気、接する相手によって様々な思いを抱ぐわけで、
全く同じ事をされても相手によって生じる感情は様々ではないでしょうか?
一時期流行った、『ただしイケメンに限る』など、まさにその典型的な例でしょう。
イケメンならスキンシップ、不細工ならセクハラといったシュチュエーションはお笑いのコントでも使用されていたと思います。
イケメン上司ならどんな頼まれごとも快諾、
しかしウザイ上司のしつこい指示にはパワハラと言った感情を抱くことがあるひとは少なくないのではないでしょうか?

イジメとされる「苦しめること」も同様ではないでしょうか。
クラスメートとのおふざけでも、相手によって楽しくも苦しくも感じ方はケースバイケースではないでしょうか?

しかし、イジメとして感じる「苦しみ」はあくまで「被害者」とされる側の感情であって、一方の加害者とされる視点でモノを考えてみます。
世の中の多くの人は、イジメられた経験を持つといいますが、その一方イジメた経験を持つ人というのはどれくらい居るのでしょうか?
ほとんど居ないのではないでしょうが、それは嘘ではないでしょうが、恐らく本当でもないでしょう。
セクハラにしてもパワハラにしても、その加害者の多くは「言われてみれば度を過ぎていたかも知れない。反省します。」といったことを言うでしょう。
つまり、イジメの加害者にしてみれば、その程度の感覚なのです。
ちょっとしたスキンシップのつもりがセクハラ。ちょっときつく言った命令がパワハラ。
本人はただ相手と接していただけで、まったく相手を苦しめたつもりがない。それがイジメの感覚ではないでしょうか?
いじめられていた被害者だけが苦しみ、その思いを積もらせ、記憶に残る一方、
加害者はただ普通に相手(クラスメート)と接していただけなので、加害という意識はまったく無い。
つまりイジメて居た記憶はない。それが加害者側の意識ではないでしょうか?

他の仲の良い友達が出来たので、前のクラスメートと遊ばなくなった ・・・ 友人に無視されはじめた
○○というお笑い芸人に似ているので○○とあだ名をつけて親しくした ・・・ ○○という変なあだ名をつけられて無理矢理遊びに誘われていた
運動神経が鈍いクラスメートも分け隔て無く遊びに誘っていた ・・・ 運動神経が鈍いことで笑いものにされていた

こんなケースもイジメなんでしょうか?

世に多くいる「イジメられた経験を持つ人」のイジメというのはどういうモノだったのでしょう?
不思議なのは「イジメられた経験を持つ人」が「イジメられた経験を持つ人」に自分のイジメられ体験を語ると、
「そんなのイジメに含まれないよ」といったことを言われることがあるようなのです。
つまり「イジメられた経験を持つ人」の間ですら「イジメ」というものに具体性がなく、
「イジメられた経験」をもつと思っていた人が受けたものはある人にとって「イジメ」では無いとされるのです。
これでは誰もその行為が「イジメ」かどうかなど、判断できるはずが無いのではないでしょうか?

そもそも、「イジメられた経験を持つ人」がイジメたとされる相手に、それがイジメであったかどうかを確認したのでしょうか?
もし確認もしていないで、ただ一方的にイジメを受けていたと言うのならそれは被害妄想の域ではないでしょうか?
一方的にいじめられていたと思っていたって、相手がいじめていると思っているとは限らないというかほぼ思っていない。
だから世の中にはイジメた経験を持つ人が少ないのでしょう。
それは人を好きになった経験がある人はいても、好かれた(モテタ)経験のある人が少ないのと同じで、
一方的に誰かを好きになっても、その誰かに好きになっている事が伝わらないのと同じです。

イジメは相手がイジメていると意識させない限り成立しないと考えた方がいいのではないでしょうか?
そうしなければ加害者とされる人(たち)はもちろん、周りの人だってそれをイジメと認識することなど出来やしないのです。

つまり誰もが一度は親に言われたと思いますが、
「イヤなことはイヤとはっきり言いなさい」って事です。
「イヤ」と言ってもなお同じ事をしてくるならそれは間違いなくイジメだし、
そうしたやり取りがあれば相手をはっきりと加害者とすることができます。
ただ「イヤよイヤよも好きのうち」と言うのもあるので「イヤ」という訴え方には気をつけた方が良いでしょう。

ちなみに、イジメは英語でハラスメントと訳すことが出来るようです。
ハラスメントと言う言葉でぴんと来る人は多いと思いますが、
セクハラ、パワハラの「ハラ」は『ハラスメント』の事です。
大人の社会にだってイジメは存在している言葉の証明ですね。
そしてハラスメントが世の中から無くなるなんて思えませんよね。
もしそれを無くしたいなら人間同士が一切関わらない社会を作るしかないのではないでしょうか?

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更新日時:2014/08/09